岡村和一郎
昭和45年7月23日 月次祭
心頭を滅却すれば火の中もまた涼しいと。信心によりますと、そういうことも出来るようになるんですね。まだ、私共は、なかなかそこまでは参りませんけれども、やはり、目指すところはそこなのです。心頭、いわゆる心、頭で考えることを、なくしたら、「ね」。どういう、例えば、熱い中であっても、火の中であっても、涼しいという。しかし、これは、私共、やはり感じますですね。えー、椛目で、時代のあの、あー、御結界の暑さというものは、ここのものの比ではございませんでしたが、座っとりますと、もう背中から、だらだらだらだら背中が、もうそれこそ暑いような、あの汗が流れ出ます。その、おー、熱い、言うなら苦しい、熱いような汗を背中に感じるというのですから、苦しゅうなからねばならんのに、反対に前のほうから、有り難い涙がこう出てくる。私は、そういうことじゃなかろうかと思うんですね。あー、暑い、暑いと思うておる間は、やっぱり暑い。けれども、その事が有り難いと思わせて頂いておると、背中にそれこそ、熱いような汗を感じながらでも、「ね」。前のほうからありがた涙がこぼれてくる。もう、そこには、暑さもなからねば、寒さもない。ただ、あるものは、有り難いというものだけだと。「ね」。そういう、私は、おかげが頂けれるのが、信心の、とても、そげな難しかこつはとても出来まいと、こう皆さんが言われますけれども、「ね」。私共がね、凡夫がね、いわゆる私共凡夫が、あー、出来ないことがです。例えば信心の教えにあるはずはありません。「ね」。凡夫が出来るということ。「ね」。そこに、私は信心による、幸福、幸せというものを、感じ取らせて頂く道を行じていくのである。自分御願い、自分の思いが、叶うていくとか、成就していくといったような事柄の中からでは無くてです、そこからね、そこからの信心がです。心頭滅却すれば、火の中もまた涼しと言うような境地が生まれてくる。それを、ほんなら、どういうような、大変な修行でもしなければ出来んのかというと、そうではない。
今日、熊谷さんが前講を勤めておられました。「ね」。えー、ある教会に、御神縁を頂いて、信心の稽古をしておった。たまたま、椛目の信心を聞かせて頂いて、そげな間違うたところに参らんと言われたのを、中のお母さんがね、お母さんじゃなくて、えー、お母さんが、兎に角そげなこつ言わんで、一遍、騙されたと思うて参って見らんのと言うて、参られたのが、まあ、言うならば椛目に来て以来の病み付き。こりゃー、本気で私たちがお話を頂かにゃんお話を、椛目の先生はしござると。それから、お日参りが段々、お日参り的な信心が始められて、それでもやはり、願いという事に、一杯であったと。それは、一人息子さんの、(紀夫?)さんの大学受験ということであった。「ね」。それはね、もう、学校でも、この人は大丈夫だと言うてから、太鼓判を押しとったんですよ、大体。それが、来る年も来る年も、おー、滑るということであった。「ね」。だから、子供のために、親は、一念を燃やして、それこそ、吉井から椛目まで、当時は久大線でしたから、草野の駅から歩いて、一年間、そのために一つ、いわゆる、願行を立てられまして、お参りをされたところが、落ちられた。あー、もうほんと、思うたけど、ほんなら、もう一年頑張った。二年目もまた駄目であった。っと、例えば、三年目に変わるころにはね、その、例えば、息子の受験、息子の受験ということが、あー、あまり感じられ無くなって来た。いうならば、教えの有り難さというものが、段々、分かってきた。「ね」。そして、三年目にはです、「ね」。受験、試験を受ける受けない、受かる受からないということは、もう、貴方にお任せするという境地が生まれてきた。おかげで、合格のおかげを頂かれた。そして、受けてみて初めて、なるほど、こういうご都合があったから、二年間も遅れたんだなあという真意がわかってみえられた。卒業されたら、もう、いよいよそれが分かられた。なるほど、こういう素晴らしい勤め先のことのために、二年間も遅れたんだなあという事が分かられた。もう、後からは、分かる事ばっかりである。「ね」。私は、そういう、例えば、お話を聞かせて頂いて、えー、おりましたらね、もう、見事な石碑が、もうぎっしり、こう、ずーっと、立っているとこを、あいたこら、どういうことじゃろかと思いよった。段々、お話が進んでまいりまして、えー、芋の植え方、あー、と信心という事やらについて、お話になっておりました。今まで、随分長い間、畑をしてまいりましたけれども、ただ、屋敷に芋を植えるというだけで、良かと思うておった。今年は、専門家である、久富繁雄さんに聞かれたところが、あー、そういう事じゃいけません。もう、芋ばっかりは、こー、こー、こういう風にせなきゃいけないと言うて、芋植えのこつを教えられた。「ね」。それは、どういうことであるかというと、おー、芋ち言う奴は、あれは、深う浅ういかにゃいかんち言う。「ね」。深う浅う植えなければいけませんという事を教えられて、そのとおりにさせて頂いたら、もう、実に素晴らしい。というのは、深く掘るらしいですね。深く掘って、泥は浅く掛けていくというのが、良い芋を作るこつらしいです。それを、今までは知らなかった。そらもう、まあ、出来てみなければ分からんけれども、もう、その出来映えが見事だというわけなのです。「ね」。そうしてね、段々、私は、お話を頂いておりましたら、その石碑が、もっと段々こう多くなってね、中に、ここにはまた、もう一つ立てなければならないというようなですね、えー、その、場を開けてあるところを頂いた。こりゃ、熊谷さんがお国替えされたんじゃなかろうかと、私は思うた。そんなこっじゃなかった。「ね」。いわゆるその、浅う深うということなんです。「ね」。信心もね、例えば、深めていくということ。「ね」。浅うという事は、段々、信心を深めていくという事は、教理教典といったようなものが、その、深刻なまでに深く掘り下げられて行くものですね、教えというものは。その教えがね、そういう一つの哲理といったようなものが、あー、頂けれる。分かるようになる。理解が出来るようになると言う事ではない。信心が深いということは、そういう事ではないと。「ね」。いわゆる、おかげのほうがね、おかげを願うということが、段々、浅くなってくるということなんです。おかげを願うということが、段々、浅くなってくる。信心は、段々段々深くなってくる。自分というものが、段々、掘り下げられてくる。教えのその、深遠さというものが、段々、分かってくる。分かってくれば、来るほどに、願うとか、頼むということは、非常に浅いものになってくる。いわば、願わんで済むほどしになってくる。それが、信心の深う浅うという事であるということなんです。「ね」。お話の中にも、ちょっとお話しておられましたが、えー、それこそ、この人に信心をさせたならば、どういう素晴らしい信心が出来るであろうかというような方が、有名な方が、吉井におられました方が、先日、亡くなられた。八十何歳を持って亡くなられた。毎朝、朝の御祈念に熊谷さんがお参りをして見えると、三つ足袋がけで散歩に出られる。もう、非常に用心深い方ですから、もう、自動車の無いところをよって、その散歩に出られる。ほんとに、私は、合楽におまいりさしてもらいよる、あのお爺さんは、毎日こうやって、これこそ、もう、行のようにそれをなさる。糖尿病で、何十年間という大豆だけしか食べんということです。糖尿病にこれが良いというたら、それをもう、行のようにされるということ。もう、それだけでも大変な、とても、聖人で無ければ出きんだろうというような、その身の養生をなさる。身を大事にされる。「ね」。その日もね、あさ、散歩を終わられて、それから、一週間に一遍づつは、必ず福岡まで、えー、もう、大変な財産家なんですから。その、おー、汽車で、えー、必ず診察にいかれる、身体の診察を。そして、んー、吉井の駅まで出られたときに、えー、車が来ました、その車に撥ねられて亡くなられたと、こういう。私は、それを聞かせて頂いて、もう、来る日も来る日も、そのお届けをなされましたから、もう、ほんとに熊谷さんに申しました。ほんとに信心を教えておきたい。信心をね、信心信心と言うと、なんだけれどもね。例えば、事故で死ぬとか死なないとか、そういう事じゃないて。信心を頂いておって、もう、八十にもなるころにはです、もう、あの世もこの世も、有難いもの、いわば、極楽行きの稽古が、十分に積まれておらなければいけないということ。「ね」。例えて、今日の御理解から申しますと、「ね」。例えば、死んだけれども、さあ、この世では、極楽のような素晴らしい、例えば、あー、その財産の中に座っておられても、あちらでは、それこそ、そういう、うー、素晴らしいところに、待ちうけがあっておるかどうか。「ね」。もう、信心の大眼目はここなんです。そこのところをですね、私共が、本気で信心させて頂いて、一つ分かっていく信心。信心がいよいよ深うなり、または、信心がいよいよ深う、浅うということになり、というおかげなんです。
今日、朝、久留米の佐田さんがお届けになりまして、今日、永年、朝参りをはじめた時に頂いた車が、もう、大分ちぎれてきた。そこで、御願いをして、新しい車が参りました。その車が来たそうです。そこで、その車の番号の上にでも、必ず、御理解を下さる、教えて下さる事に違いはないと、確信しておりましたが、ところがその、案に相違して、その車の、ナンバーのそれがですね、7154という番号であった。7154です。ですから、ない御用ということになる。もう、それを見てちょっとがっかりした。「ね」。もう、主人なんかも、その事をほんとに一生懸命の御用に生き抜こうという、一家を挙げての熱烈な信心をしてるのに、御用がなくなるなんて、ない御用なんて、こらもう、どうしたこつだろうかと、こう、それで今日、その事のお届けになりました。それで、まあ、夕べから、その事を、一生懸命考えられて、ははあ、ない御用ということは、どういうことかというと、これは、ハイ御用だということだと気付いたと言うておられます。「ね」。久留米言葉では、あー、ないち言う、はいちいう事を。「ね」。タバコくれんのち言うたら、おばさんが、ないち言うた。あー、なかのち言や、いいや、あるばの、あるばのち言うちから、づいちやらっしゃった。ないち言うのは、あちらの、はいち言う意味なんです、久留米言葉では。(まことも聞こえんともあんまり同じ意味である?)「ね」。だから、そこまで頭をひねらせとる訳です。はー、無いということは、「はい」ということ。御用の時には、「はい」と言えれるおかげを頂くと、ま、それから色々その、ま、佐田さんたち夫婦、その事を練られてた、こういう。で、その事をお届けされております時に、私は、ここで頂いた。それが、御用、御用がない、5471ならいかんばってんね、無い御用ということは、こら、佐田さん素晴らしいことよと、私は申しました。ないということはね、そら、なるほど久留米言葉のはいにもなろうばってん、「ね」。そげん、まあ、難しゅう言わんでんね、無いということは、空しいということ。自分というものを、空しゅうするということ。「ね」。自分を空しゅうしての御用ということになる。いわば、あんた達の願いであるところの、私は、御用がこの車で出来るということだと。それでその、早速ご主人に電話を掛けられた。あー、ご主人も大変その事を、はー、ち言うて喜ばれたと言うてから、昼の御祈念のときにお届けがあっておりました。「ね」。素晴らしいですねえ。ほんなら、その、自分を空しゅうするということが、どういうことかと、「ね」。いわゆる、「心頭滅却すれば、火の中もまた涼し」と言うこと。難しゅう言うと、これは、禅の言葉でしょうね。けれども、そら大変難しいことのようですけれどもです。「ね」。たとえば、熊谷さんの信心を、今日は頂いていましたがです。「ね」。お話頂きましたが、熊谷さんの信心の中には、そういうものが、次第に次第に育って言っておるということ。初めの間は、どうでも息子の「ね」。合格のおかげをいただかなければならんから、一生懸命参った。はー、一年参ったら、参らんでよかったと「ね」。ま、そら、止めてしまわせんでも、時々しか参らんぐらい信心しくさらなかったでしょうけれども、二年経って、そして、三年目に分からせて頂いた事。如何にその、私は本当のおかげと言うものには、やはり、年季がいるか、また、通るとこを通らねばならないかという事が、皆さん分かるでしょうが。「ね」。そして、三年目には、私の手足の動く限り、命の、息の根の続く限り一生、合楽にはお参りさせて頂くという決心が出来た。もう、そこにはね、おかげを受けるとか受けないとか問題じゃなくなった。いわゆる、自分というものを空しゅうした。おかげというものが浅うなってきた。そして信心のほうが深うなってきた。「ね」。皆さん、今日ね、もう、ほんとに、いー、暑いなか皆さん聞いて下さっているんですから、ここんとこだけを是非とも分かって頂きたいんです。「ね」。しかもね、そういう生き方こそです、そういう生き方こそです。いわば、私共が、あの世にお国替えを頂いた時にです。「ね」。素晴らしい、ま、仏教的に言うなら、蓮のうてなの上に座られるだけの準備がちゃんと出けていきよるて。自分が空しゅうなるという事はね、あの世、この世を通して空しいということなんです。空しいということは、自分が無くなるという事。「ね」。自分というものが無くなってくるということ。その、なくなって行きよる度合いが、段々、出来て行きよるところへです、熊谷さんの、例えば、この世から、あの世へ移られる場合には、もう、行き場がちゃんと出来ておるということ。そこんところをですね、お互い信心で、私はその、今日のお葬式のあったという、八十いくつの、もうそれこそ、信心があるならば、どんなに素晴らしい人物人格であろうかと言われるような方が亡くなられて、「ね」。大変盛大なお葬式があっただろうけれどもです、さあ、行き場が無い。自分は、あの世では、これだけの財産家であったから、私も、死んでからでも、ちっと良かとこにという訳にはいかんもん。あの世は、いわば、金次第ち言うわけにはいかん。地獄のそこは金次第というけれども、もう、それは、徳次第なのだ。それはね、私共の信心によって、もう、この世にあって、私を空しゅうしておる事の稽古ということなんです。「ね」。自分を無くしていくという稽古なんです。おかげおかげと言うて、二年間、三年目には、もう、おかげを言わずに、一生、信心の、その事に命を掛けようと決心されたという、その事が、もう信心。いわゆる、信心が深うなって、浅うなってきたわけです。そして、自分自身の心の中に、それこそ、熱いような汗を背中に感じながらもです、「ね」。前のほうから、ありがた涙がこぼれておるというほどしの心境が段々、開けてくるんです。信心はね、ここのところの境地を開かせて頂く稽古を本気でしなければ駄目なのです。「ね」。皆さんの持っておられる、難儀なら難儀の中に、いわゆる、私が何時も言うように、御神意を悟らせて頂いて、有難いという信心を、本気で頂かなければ駄目だと。信心はね、それを頂くことの為にあるのだと。おかげを頂くことの為じゃない。「ね」。そういう、例えば、心の状態になったときです。「ね」。熊谷さんの上に起きておることは、それが、ほんなら、見事に三年目には、合格のおかげを頂いた。そして、なるほど、三年目でなからなければならないことも分かった。不自由をしてみて、また分った事は、なるほど、あそこに二年間遅れなければならない理由が分かったというほどしにです。そういうおかげの中に、浸らせていただいて、私は、いよいよ信心を深めていくところのおかげを頂さえすれば良い、ということになるです。「ね」。だから、私を空しゅうするということはね、無くするという事は、そういうことなんです。「ね」。だから、もうこの世ではなくなっておる、いうならば。そして、この世でなくなっておる私は、どういう事かと言うと、それこそ、背中に熱い汗を感じながら、有り難いなと、ありがた涙がこぼれておる。だから、ありがた涙のこぼれるようなところに、また、そのまま、あの世に続くことは間違いがないです。私は、熊谷さんのお話をいただきながら、頂いたそのお知らせというのは、その事だったんです。「ね」。この世で自分というものを、空しゅうして行く稽古をなさっているから、そのままが、あの世に続くのだということだと。まあ、だから、言うならば、もう熊谷さんが何時あちらにおいでられたっちゃ、それこそ、有り難いところにちゃんと場がとってあるということなんです。そこにです、生まれてくるのが、ここにも通うて来るのが、姿勢の安心なんです。「ね」。だからね、大変難しいことのようですけれどね、私共は、日々の信心の修行で あり、信心の稽古をさせて頂くところからです。「ね」。信心が深うなり、または、信心が浅うなり、深う、浅うという訳が分からせて頂くとです、「ね」。この浅いというものも無くなってくるほどしに、おかげが受けられるのだと、信心は。そのころには、もう、願わんでも、頼まんでも、限りない、極楽の世界に住まわせていただいて、その極楽の世界、いわゆる、真に有り難いという、その心がそのまま、あの世に継続して行くんだと「ね」。そういう尊い稽古を、今日は熊谷さんの、前のお話の中から、そういうものを私は分からせて頂いた。「ね」。同時に、いー、佐田さんの、その自動車のナンバーの事の中から、「ね」。なるほど、佐田さん達が悟られた、その事からまた幾らも悟っておられる。「ね」。これがもう、無い御用にでもなったら、どうするじゃろかと思うたから、一生懸命二人で練られて、様々なことを分かられておる。あー、「無い」久留米言葉で、「ない」と言うことは、「はい」ち言うことだから、先生が今朝からも、御理解に下さった、あの、「はい」という素直な心という事をもって、御用させて頂こうじゃないですか、お父さんと、こう言うておったけれども、まあだ、お父さんの心はさっぱりしなかった。「ね」。けれどもその、ないということは無いということ、空しいということ。私を空しゅうして御用に立たせて頂こうという、こういう信心がです、出来て行く限り、「ね」。必ず、あの世に私共の行き場は、ちゃんと素晴らしい、いわゆる、金光大神御取次ぎの、おー、頂けれる。しかも有り難いお徳を受けられる場がね、待ち構えておるんだと。そらもう、暑いとか、寒いとか言うぐらいな事じゃない。信心の徳を受ける、おかげを受けるということは、そういうこと。「ね」。どうぞ一つ、芋の植え方の、そのこつというのはね、深う、浅うということだと。信心の、本当のおかげを頂くのも、信心をいよいよ深めて、おかげの方の事は、いわば、浅い考えになっておる。願わにゃおられん、すがらにゃおられん私達なんだけれども、けれども、その事はもう、任せきっての願いといったようなものになってくる。「ね」。そこには、限りなく頂けれるおかげも、在ることなのですけれども、私共は、おかげのことを一生懸命言わんと、何か心もとないような気がする。けれども、信心のその眼目を間違えずにです。今日いただきますところをです、皆さん、踏んまえての信心。どうぞ信心を深う、そして浅う頂かせてもらえるおかげを頂きたいものですね。どうぞ。